ライトノベル・レビュー

コッペとBB団 1・2巻 (田口仙年堂 イラスト:はしもとしん)

「吉永さん家のガーゴイル」も好調な田口仙年堂先生の新シリーズ。ガーくんが正義の味方なら、新シリーズは悪者だ、てな理由でえ決められたとか。いーんかそんな安直なので(笑)。それはともかく、正直やや不安があったんですよ、この本読む前は、というのも・・・
1)ガーくんシリーズを長く続けてきた影響
 デビューから7巻も同じシリーズ書いてきたので、新シリーズといってもキャラ変えただけの話になりはしないかと?というか、私の中では田口作品=ガーくんなので他の作品書く姿を想像できなかったり。おかゆ先生がドクロちゃん以外のモノを書く様なもので。
2)田口先生は悪人を書けないのではないか?
 今までのガーくんから見ても、敵役に回った人物もやむを得ぬ理由があっただけで基本的に善人というタイプ。7巻では珍しく悪に徹したレイジが出てきたけどイマイチ小悪党で終わってしまったり。この辺りが開く側をメインに書くとムリが出ないかと。

 結論から言えば「コッペとBB団」は確かにガーくんシリーズと似た雰囲気を持つ作品だし、田口先生に悪人は描けなかった。でも面白かった。少なくともガーくんシリーズ好きな人なら読んで損はしないかと。

 思うに、筋の違う作品が何故似たような気配を持つかといえば、出てくる人物が皆心が強いからであろう。心が強いゆえに悪と一般には言われる行為をしても怯まない、しかし、任務以外では優しい。心が強い故であろう。一般人には被害を与えず、できる限り殺傷も控えて無関係の者には優しい。ぶっちゃけ理想的過ぎる悪の組織だがそれ故魅力的である。

 同じような設定だと似た展開になりやすいきらいはあるが、私としてはむしろそれでいいんじゃないかと思う。その王道な展開が心地よいから。それに、王道ってのは展開自体にヒネリが加えられない分、作者の筆力が求められるわけで、そんなのを2ヶ月に一本書くのは大変だと思うのですよ。

 田口作品は児童文学と言っていいほど人の心の機微や優しさを描いている。それにラノベ的派手な展開が加わってるので面白い。小中学生に読ませるには丁度いいんじゃなかろうか。前に紙様さんも書いてたけど。

 ともあれ、ガーくんシリーズと並行して正義と悪の優しい話を見せて欲しいところです。田口先生が死なない範囲で(笑)
(はろmk−II)


「吉永さん家のガーゴイル」シリーズで好評を博した田口仙年堂先生、今度は「わるもの」の話に挑戦です。

謎の女の子「コッペ」とわるもの集団「BB団」のお話。
「わるもの」と言っても人道に外れた悪党がメインの話ではないので読み終えたあとはガーくんみたいに心が暖かくなります。ご安心を。

やっていることは「盗み」やら「襲撃」やら、確かに悪事なのですがどうもBB団は悪の集団には見えない。基本的に出てくる人が皆「いい人」であるということが大きな原因だと思う。子供を見れば面倒を見てあげるし、関係ない人はなるべく傷つけない。おまけに子供の将来を思いやる人道的な面までもある。
それでも彼等は悪事を続ける。その方が世界が平和に近付くと信じているからだ。悪事を働きたくて悪に身をやつしているわけではないのである。
しかし、悪は悪なので正義の味方に断罪されたりもする。それでも彼等はめげない、やっぱり自分達の目的が正しいと信じているからだ。
こうやって悪に一定のモラルと美学を持たせること、悪をきっちりと断罪することは「ガーくん」と通ずるものがあるなって感じました。
「正義」でも「悪」でも、根っこの部分では温かくて優しい物語なんだと。こういうところが好きですね、田口先生の作品は。
紙様

2巻の感想

 作品を2本抱えて出すペースも早い、しかも一つはアニメ化されるという最早押しも押されぬファミ通文庫の看板作者となった感のある田口仙年堂先生のアニメ化されてない方の作品。清く正しい正義の人たちと、賢くも優しい悪の人たちに育てられている人造人間コッペの物語

 誰が言ったか忘れたが
正義とはカタナのようなもので“振りかざす”だけでいい。振り下ろしたらそれは只の暴力だ
てな言葉を聞いた事がありました。無論、暴力が必要な時もあるけど、少なくとも振り下ろされた拳に正義は無い、むしろ悪ですらない只の暴行だということを常に自覚しておかないといけないということでしょう。振り下ろす拳に目的があるわけではなく、その先にある何かを達するため暴力というある意味単純な解決方法を使っていると。

 それからすると、「正義のため」と言いつつ無関係な人まで巻き込み、実は自分のフラストレーションまで解消してるキリオはかなり困ったさんである。でも許す、

だって眼鏡っ娘だから!!

いや、それは1割冗談だが(←9割本気!?)、そこら辺のことを今はいない(であろう)キリオの両親のエピソードと絡めて描いてくれればもうちょっと困ったさんな感じは少なくなったのではなかろうかとも思う。明言は避けてたが、前のヒーローである両親はBB団との抗争で亡くなったっぽいし。

 しかし、コッペで面白いのは「基本的に悪は負ける」というところであろうか。基本的にヒーロー達は負けない。いや、今回の事件でも実質は勝ってるが、タイマン勝負としては負けている。力で勝てない相手なら多少格好悪いところを見せても知恵で勝負する悪(そして実質的には勝つ)というのを描きたかったからであろうか。

さて、今回主要っぽいキャラが出揃って、コッペというかデイストーンの謎も明らかにされてきたコッペとBB団。この話がどう続いていくか楽しみである。出来れば優しい人は優しい結末を迎えて欲しいものだが。
(はろmk−II)


というわけで田口仙年堂先生の送る「わるもの」のお話その2です。
今回は正義と悪、そして友情の間で揺れ動くコッペとアルタイルのお話です。

読んでると思うことがある。
「正義」と「悪」とはなんぞや、と。まあ哲学レベルまで深くは考えたくないテーマですが。
BB団は悪の組織である。「デイストーンの悪用を避けるために」という目的は崇高であるがそのために世界各地からデイストーンを「いろんな手段で」集めている。(多分)合法非合法問わず。
そしてそれを阻止するのが正義のヒーローである。なぜならば人様から物を盗ることは悪事だからであり断罪されるべき事柄だからである。目的がどうであれ。
しかしだからといって悪事を阻止する人がすべて正義の味方か、と言われればどうだろう。「悪事の阻止」ということが目的ならばすべてが正義の味方であり、行動が容認されるのであろうか?
無論そんなことはない。某光の一族とかは怪獣倒してビルを破壊しても文句は言われないが(マテ)、目的のために手段を見失ってしまっては本末転倒である。
正義の味方は正義のためなら何をやってもいいわけではない。正義のためだけにすべてを注ぐのであればそれは正義の味方足り得ないといえよう。

え〜、長々と書いてきましたが要するに「目的のために手段を見失うとしっぺ返しが痛いぞ」と、まあそんなお話です。
そして、正義の本質がきちんと理解できれば正義と悪の間にだって友情の一つくらいは芽生えるんじゃないか、とそういうわけです。
悪を憎んで滅ぼすだけが正義の味方の役目じゃないぞ、と。
つまりガーくんを見習えと、そんなわけです(マテ)

しかし前回かっこよく戦ったのに意外と弱い課長はいかがなものかと。カッコ悪ぅ(笑)
紙様




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